1992年1月31日金曜日

欧州統合に関する所見

1992/1

第1部「所見」 

1.三つの印象 


今回の出張に於いて三つの大きな印象を受けた。 


(1)「欧州連合」への大河の流れ 


まず第一に、ヨーロッパの統合への大きな流れは、大河の流れのごとく、いよいよ後戻

り出来ない不可逆的なものとなったとの印象である。これは当社のビジネス展開にあたっ

ても、欧州を一元的に把握した上での戦略策定の重要性が高まっていることを今更なが

ら確認するものであった。

 

(象徴的なマーストリヒトの首脳会談)

出張中に、マーストリヒトに於いてEC首脳会談が開かれていたが、この会談を巡る各

種報道・観察は、ある意味で象徴的であったように思う。首脳会談の前のマスコミの論

調を見るに、各国の対立は如何に根深く、数多く存在するかと言う点が強調され全体的

に否定的な観測が目立っていたように思う。結果は見ての通りの「大成果」となり、外

務省の評価も「欧州が共同体(Community)から連合(Union)への質的

変化を新条約の形で合意したもので、我が国としては、現在欧州で起きていることは歴

史上の節目(民族国家の概念の変遷を含む)であるとの認識を持たねばならない」とい

う極めて高いものとなった(国際情勢資料、平成3年12月13日)。 


勿論、欧州統合は、このまま一直線に進んで行くものではなく、今後とも紆余曲折はあ

ると予想される。しかし欧州統合の将来について、ことさら否定的見方を並べるのでは

大局を見誤る可能性があるように思う。その点で非常に印象的だったのは、「ヨーロッ

パ人は合意と妥協の天才である」、「基本的になんでも出来るんだという頭で見ておい

たほうがよい」との日本政府EC代表部の金原氏のコメントである(首脳会談に先だっ

てのコメント。面談記録15頁)。交渉に当たっては、彼我の相違点を強調し過ぎるぐ

らいに強調し、相手方の譲歩を主張し合うので一見合意は不可能に見えるが、大きな基

本線では合意しているのでゆっくりではあるが着実に前に進んで行くという観察であっ

た。 


ドロール委員長はローマ条約締結以来、1)欧州内部では戦争をやってはいけない、2)

欧州の再活性化が必要と、この二つのことだけを考えてこの30年間努力を続けてきた

とのことだが(EC代表部、面談記録15頁)、まさに「愚公、山を移す」の故事どお

りの展開となってきている。「我々はチェーホフの大河ドラマの大きな流れのなかに居

る」(ジェトロ・ミラノ内藤所長、面談記録34頁)、「2~3年で建設した新宿都庁

ビル建設と35年かけているラ・デファーンス建設では取り組み方の哲学が基本的に違

う」(フランス住商井田社長)などのコメントも印象に残る。 


ヨーロッパの一体化がもはや後戻りできない点に来ていると考えられる別の観点からの

理由として、日常生活の中での普通の人々がEC統合の経済的メリットを実感している

という事実がある。67年からの市場統合を進めるなかで、特にEMS(ERM)のな

かで、ヨーロッパ各国のインフレは緩やかに落ち着きの方向に進み、統合期待の高揚効

果も加わり実質成長率は過去に比べて確実に高まり、消費生活が確実に改善されたこと

を強調する人が多かった。1980年代の前半のEC12箇国平均実質成長率は1%台

の半ばであったものが、EC統合が具体的に進みだした1985年以降は平均で3%弱

にまで実質成長率が加速された。一度カラーテレビを見てしまうと白黒テレビに戻れな

いのと同じく、「欧州統合」の流れが人々の経済生活の向上をもたらしている以上、後

戻りは難しい。 


企業レベルでも欧州は一つとの認識の下に、極く日常的に統合欧州を前提とした戦略が

検討されているようだ。「イタリア企業は域内投資(M&A)に熱心だが、イタリアの

貧弱な公共サービスの制約のもとでビジネスをするよりは、国外に出てのびのびやった

ほうがよいと考えていることも一つの要因」(BCI、面談記録32頁)。個人レベル

でも同様のことが進んでいる。ブラッセルで訪問したEC委員会のお役人はフランス人

だったが、「今晩の夕食はパリに帰って食べるので、今日はこれで失礼する」と会談を

切り上げた。(ちなみに、その時、時間はすでに午後6時半であった。その時間からパ

リまで車で帰って夕食が食べられるほど、欧州は小さく一体化している。) 


(いわゆるドイツ問題) 


新しい強大なドイツの誕生を、欧州統合の将来にとっての不安定要因と捉える見方もあ

るが、ドイツでお話しを聞いたドイツのエコノミスト達の態度は総じて非常に慎み深い

ものだった(傲慢さが目立つ最近の日本のエコノミストとは相当違う)。要は、東欧問

題、ロシア問題までを考えると、いろんな意味で最も大きな影響を受けるのは地理的に

見てドイツとなることが明かである以上、またその影響もネガティブなものが予想され

る以上、ドイツは他の欧州諸国の政治的サポートを必要とし続けるということだと思う。

昨今、ユーゴ問題、EC実務レベル言語の問題などでドイツの独自行動(?)とジャパ

ン・バッシングにも似たドイツ・バッシングが目につくが(FT、1/20など)、過

去の負い目もあり、当分ドイツは自重を続けるのではないだろうか。また取りざたされ

ている独・仏関係であるが、独仏両国は日本で見ているよりはずっと友好的であるとの

印象を持った。ドイツ産業は今後引き続き欧州で抜きんでた存在であり続けることは間

違いのない事実であるが、それは欧州の利益に合致するシナリオに添ったものとなって

行く(ドイツの経済発展の成果を「欧州全体」が享受するという形に収斂して行く)と

思われるのである。 


「大いなる失敗」で早くからソ連の崩壊を予言していたブレジンスキーは、いくら日本

が経済大国だといっても、米国が今後数十年にわたり超大国であり続けることは変わら

ない。超大国の条件は軍事力、政治的影響力、経済力、文化的魅力の四つが等しく必要

と言っているのは(日経1/23)、欧州の将来を考える際にも示唆的である。日米両

国の経済規模に占める日本経済の比重は約35%、一方、EC諸国の経済規模に占める

ドイツ経済の比重は大きくなったとはいえまだ約25%である。日本が米国を「牛耳る」

ことが難しいのと同じように、ドイツが欧州全体を「牛耳る」こともなかなか難しいの

ではないか。 


欧州内部の個別の問題をとりあげ、EC統合の将来につき懐疑的な見方をすることは易

しい。しかし大きな流れとしては、欧州は確実に一つになりつつあるとの認識が重要で

はなかろうかと思う。その前提に立った前向きの企業戦略の立案(欧州の統合的運営)

が望まれる所以である。 


(欧州の「要塞化」について) 


欧州一体化への大きな流れに関連し、昔から懸念され続けている「要塞化」の問題につ

いて各識者の考えを聴いてみた。世界的に管理貿易の色彩が強まっているなかで、特に

産業保護政策が伝統的に強かった欧州大陸の国々の間では「利益の均衡」の主張がなさ

れている。自由貿易論がまだまだ健在であるとはいえ、産業競争力の格差を考えれば、

日欧通商関係も徐々に管理色を強めて行かざるをえないだろう。しかし、だからと言っ

て、欧州が要塞化し日欧間の貿易が大きく抑制されると考えることはないというのが一

般的な見方であった。EC統合が欧州経済の活性化をもたらす以上、日欧貿易も(幾ら

か管理色が強まるとはいえ)着実に伸び続けると見るのが自然であろう。欧州「要塞化」

は決して新しい懸念ではなく、昔から存在する。しかし「要塞化」云々言われ続けてき

た1980年代の日欧貿易を見ると、「要塞化」懸念とは裏腹に、日欧貿易金額は輸出、

輸入両方においてきわめて高い伸びを続けてきたことがわかる。 


(注)80年代の日本の欧州(EC12箇国)向け輸出(ドルベース)の年平均伸率は

12.4%。一方対全世界輸出の平均伸率は8.2%、対米輸出の平均伸率は11.2

%。また欧州からの輸入年平均伸率は16.1%。一方対全世界輸入の平均伸率は5.

3%、対米輸入の平均伸率は7.9%。(通関統計) 


貿易不均衡の問題をどのような形で是正するかであるが、基本的にまず拡大均衡を目指

した措置が検討されるだろうし、統合市場が欧州経済にプラス材料となる以上、日欧貿

易も(それほど否定的にみるのではなく)今後とも基調として堅調と見るのが自然であ

ろう。 


要は、欧州の将来については、基本的に楽観的な見方に立って物事を考えておくほうが、

大局を見誤らないように思われるのである。(第2部で述べるが、欧州諸国の景気は総

じて、この1ー2年は減速局面を迎えることになる。これをどう見るかだが、基本的に

経済成長率とは望ましい経済成長率との関係で判断すべきものであり、中・長期的に欧

州の将来を楽観視する上記の見方とは矛盾しない。)

 

(2)ベースとしての「普遍性」、その中で複雑な「多様性」 


二番目の印象だが、上記で述べたヨーロッパの一体化という大きな流れは、その中に数

多くの複雑な反流・伏流を包含しているということである。一見矛盾しているようで、

これが欧州問題の理解を難しくしている。ベースとしてのヨーロッパは一つであるもの

の、その中で個別性の概念が存在する訳で、ヨーロッパは「普遍」と「個別」の二つの

軸で構成されたマトリックスと捉えることも出来る。所詮、言葉が違い、文化が違い、

制度と歴史が違う国々なのである。 


コール首相は「ヨーロッパは統合されても、ドイツはドイツであり、フランスはフラン

スであることには変わりない。個別の国家の上にヨーロッパという大きな傘をかけて、

全体で決定したほうがよい問題はこの傘の中でで決めていくのだ」と述べた由(ジェト

ロ・デュッセル、面談記録11頁)。これは Subsidiarity(補完性)の原則と呼ばれ

ているが、どの問題をどのレベルで決定するのか自体、決定はそれぞれ難しい。国益が

からむ、よってポリティックスが渦巻く。 


さらに関係者が口をそろえて言うように、今後のヨーロッパでは国家の問題以上に「地

域」の問題が顕在化・先鋭化して行くと見られる。(ベルギー、イギリス、イタリア、

ドイツ、フランス等ほとんどの国でこの地域問題を実感した)。統合市場とは欧州規模

の苛烈な競争市場であり、勝者となる産業(地域)が出れば当然敗者となる産業(地域)

も出てくる。これに民族問題が絡み、地域問題は一層複雑化する。ヨーロッパ内部の南

北問題も存在する。 


ヨーロッパは一つであるとの認識は基本的に正しいものの、それを一つとして捉え、運

営して行くためには、他の地域以上に綿密な情勢判断の為の調査・分析が要求されてい

ると言うことだと思われる。地元のヨーロッパ人ですらヨーロッパを一つとして運営す

るためには、EC委員会という巨大な官僚機構の存在を必要としているという事実は、

(EC機構は旧式の官僚機構であるとの批判は存在することは別にしても)当社の欧州

統括運営の形態を考える場合にも参考になるかもしれない。 


(3)高まる日本への期待 


三番目の印象だが、「日本」の捉え方についてのものである。日本は欧州経済・産業に

対する「脅威」であるというネガティブな捉え方がある一方で、技術、資本および市場

の提供者として日本への「期待」が欧州で高まっている。We can't afford not to be

interested in Japan (英国ビジネスマン). というコメントもある。世界で一番期待成

長率が高い太平洋地域を無視しての企業経営はありえないとの認識のもとに、日本に対

する「懸念」と「期待」が同時に高まってきているのである。 


EC統合市場の実現により欧州企業は(欧州市場のことで頭がいっぱいで)域外のこと

への関心を失いつつあると言われたこともある。しかし話は逆で、太平洋地域への関心

は低下するものではなく、却って関心が高まっているというのが実情のようだ。すなわ

ち1993年からの統合市場への移行は、とりもなおさず欧州企業間での苛烈な競争の

始まりを意味するわけであり、「欧州内部での競争に勝ち抜く為にも」日本の企業と組

もう(日本の技術と資本を切り札として使おう)との戦略が注目されている(IRI、

面談記録36頁)。このままでは負けてしまう可能性が強いドイツ以外の国々の産業界

では特にこの考えが目立つ。そこで総合商社に対しては日本との関係強化のための懸け

橋の機能が期待されることになる。企業経営のグローバル化、ボーダレス化に伴い、こ

の懸け橋の役割も単なる特定商品の製造・販売に関する仲介にとどまらずコーポレート・

レベルでの提携の斡旋機能すら期待されるようになっている。EC委員会から「住友の

ような大企業はもっと欧州企業の日本進出に力を貸すべきだ」との発言があったが(面

談記録、17頁)、これも総合商社への期待の高まりと解釈できる。 


第2部で述べるが、統合ブームが一段落した欧州経済は今後2ー3年は全般的に調整局

面に入ると考えられ、経済も過去のような高い成長率は期待できなくなっている。これ

は企業収益、雇用に悪影響を及ぼす。それゆえに、関係者の種々の努力にもかかわらず

日本との通商摩擦は当面、一層先鋭化することはあっても、解決に向かうとは考えにく

い。ネガティブな意味で日本がイッシューとなり続ける。逆に上記のようにポジティブ

な観点からの日本への関心(期待)も同時に高まるわけであり、此辺をうまく調整して

全体関係をマネージして行くという姿勢が望まれる。 


(注)今後の欧州の対日政策を占ううえで、フランス政府の経済社会評議会が取り纒め

た「フランスおよび欧州の対日政策について」という報告書(仏語)が非常に参考にな

る。詳しくはフランス経済の部分で述べる。

 

経団連は1992年の対欧州関係での活動方針として「共生」というテーマを掲げてい

る。「各論」の提携関係を超える「総論」での関係作りと言ってもよいかも知れない。

(すべての通商摩擦は、「各論」で議論することでの問題と言える。当該産業で被害を

訴える声が高い場合でも、同じ国の中に探せば受益者層がいるのでマクロの総論で見て

みるといい形になっている場合が大部分である。)商社としても個別取引という「各論」

を超えて、「総論」で対客先アプローチが出来る体制が望まれているのではないだろう

か。 


(企業、団体の中に日本担当の責任者を設置しているところが多いが、彼らは日本の政

治・経済・産業・文化につき驚くほどよく勉強しているし、知りたがっている。日本の

「系列」問題につき強い関心を示す人もいた。ジャポノロジーへのニーズの高まりと言

おうか、「日本学」は売れるとの印象をもった。すなわち、日本のカレント・イッシュー

をネタにすれば相当の人でも興味を示す、会ってくれるとの印象をもった。)

 

2.総合商社の対応について(上記の三つの印象に関連し) 


この三つの印象をベースに、考えられる総合商社としての対応策について整理してみた

い。 


最初の「ヨーロッパは一つ」との印象については、簡単であり、欧州の将来を基本的に

楽観的に捉え、積極的なビジネス展開を期すために欧州戦略を一元化して行くと言うこ

とである。既にその方向で当社での検討が開始されており、これは確実に正しい方向で

あるといえる。 


二番目の「その中での複雑な多様性の存在」であるが、欧州戦略の一元化といっても、

この多様性を十分に認識したうえでの一元化が望まれるということであり、そのために

は欧州レベルでの経済/産業/社会動向の調査・分析機能の拡充が期待されるというこ

とだと思う。 


最後の「日本および日本商社への期待の高まり」という点については総合商社のリエゾ

ン機能および提供機能の高度化が大切ということになる。

 

(欧州の経済・産業調査体制について) 


二番目の点について具体的に言えば、まず経済・産業調査の為に調査スタッフを欧州に

常駐させ専門的・継続的に欧州ウォチングならびに調査業務での日本との連携プレーを

始めることが望まれる。次の段階として、この調査機能を拡充するべく、経済・産業に

関する契約研究・調査業、データーベース業、市場調査業、経営コンサルタント業(会

計事務所も含む)などの対事業所サービス業分野での既存の業者との関係強化、さらに

可能であればM&Aを通じて、そこに蓄積されている膨大なデーター、ノウハウ、人材

を当社に取り込み、当社の総合商社機能の「深化」を目指すことも検討する余地がある

と思われる。 


欧州が「欧州連合」へと深化して行くなか、欧州の経済、産業もその構造を変えつつあ

り、その中で日本の総合商社の欧州ビジネスでの介入余地は日々に狭まりつつあると言

われているが本当にそうであろうか。今回いろんな人との話しの中で、総合商社の本来

の機能そのものであるとも言える情報分析・提供機能、特に商社の「海外」と「日本」

のリエゾンの役割に対するニーズは欧州では依然として高く、逆に今後このニーズはむ

しろ高まっていくのではないかとの印象を持った。実際のビジネスにおいて総合商社の

介入余地が狭まってきていることは事実であろうが、それを総合商社機能そのものに対

する否定として捉えるのではなく、むしろ在来型ではない新しい総合商社機能への期待

が高まってきていると前向きに捉えることも可能ではないかと思う。商社機能の「高度

化」を狙っての投資が望まれるのではないか。 


さらに通常の外延作戦における事業投資を考えても、欧州における最近のM&A状況の

分析によれば、大部分の企業買収が友好的に、部分的な買収形態を前提に、シナージー

効果(本業への具体的な波及効果)を狙いながら取り進められているとのことである(

シュローダー)。ということは欧州において新規分野への事業展開を図る場合でも、既

存の顧客との良好な取引関係を前提に、その取引先と共同で事業展開を図るという形が

引き続き主流であり続けると思われる。釈迦に説法であることを承知で言えば、当社の

取引先との関係強化、深耕が事業投資戦略の基本であると思う。 


ただ、企業規模がお互いに巨大化している昨今、商売上の関係は、ややもすると、客先

の特定部門と当社の特定部門とだけの友好関係となってしまう可能性がある。(例えば

先方の購買部門と当社の売り込み部隊の付き合いにとどまる可能性など。勿論トップ同

士の関係緊密化があるがトップもスーパーマンではない)。コーポレート・レベルでの

関係強化、深耕を目指すには、通常の商売上のコンタクトにとどまらない幅広いレベル

での友好関係の構築が望ましいことは言うまでもなく、上記で述べた当社の調査・分析・

情報サービス機能の強化は、当社の取引先でのカウンターパートである調査部門、企画

部門との関係強化・交流拡大にも結びつくことで、これは結果的に欧州企業との戦略的

提携、合弁事業展開という観点からも、なにがしかの貢献につながると考えられるので

ある。 


(この意味で、今回、業界団体、銀行ばかりではなく、FIAT、IRI、ICIなど

の大きな取引先企業内の経済調査部門とのコンタクトが出来たが、こういう関係を広げ

て行くことが重要と考える。)

 

(補足:商社機能の高度化について) 


上記の商社機能の高度化に関連し、若干の補足を試みたい。総合商社の機能は、時代と

共に、また業界毎に様々に異なっている。産業資本の発達が充分でなかった時代には総

合商社の金融機能が重視された。国際的な情報伝達が未熟であった時代には商社マンが

もってくるテレックス情報が評価された。在庫機能がうたわれたときもある。同じ時代

をとってみても、商品・業界毎に総合商社の提供する機能は決して同じものではない。

しかし本質的に変わらない機能があるように思われる。その総合商社の本質的な機能と

は、いわゆる長期的継続取引関係に関連したものであるように思われる。総合商社は「

長期的継続取引を、セットアップすること、及び出来上がった継続取引関係のメインテ

ナンスをすることで、仕入れ先と販売先双方に経済的メリットを提供し、その対価とし

て口銭を貰う」と考えることも可能である。そう考えれば総合商社の機能とは、基本的

には「商権」と呼ばれる「安定的、継続取引」の「アレンジ」と「メインテナンス」に

有り、その目的のために(業界、状況に応じて)いろいろな形態での個別機能を提供し

ていると考えうる。 


一つの仮説であるが、これは営業担当者の実感にかなり近いのではなかろうかと思って

いる。それが総合商社の企業間、業種間の接着剤機能であり、それを「リエゾン機能」

と呼んでもよい。その仮説に立てば、なぜ総合商社が「系列」と密接な関係にあり、ま

た総合商社という企業形態が日本に独特のものであるのかについても説明することが出

来る(Ref : N. Hashimoto, Structure of Japanese Business - Japanese Business G

rouping and General Trading Companies - Oct 1, '91)。そうすると総合商社の戦略、

総合商社機能の高度化という点についても、あくまでも「取引関係の構築」を最終目的

としたものであることが大切であることがわかる。投資においてもシナージー効果が重

視される所以である。 


このように考えて行くと、総合商社には商取引の当事者という性格よりは、アドバイザー

またはコンサルタントというべき性格がむしろ濃厚であるように思える(勿論例外はあ

る)。総合商社は将来的にある種の経営コンサルタント的な性格を強めて行くし、また

強めて行かなければならないという小職の持論につながってくる。欧州に関する上記の

提言も、大局的にみて、この商社機能の変遷の方向に添ったものであると判断する次第

である。 


3.欧州の「中心」に関する所見 


欧州は一つとの認識にたった企業戦略を進めるうえで、その戦略拠点は何処におくべき

かという点について所見を述べたい。 


当社の場合、過去からずっとロンドンが当社の欧州戦略の拠点となってきた。それに対

して、欧州の政治的、文化的、経済的センターは大陸部分に移っており、島国イギリス

は歴史的に見ても非常に「異質」な存在である、ロンドンから欧州を見ていては、大勢

を見誤るとの意見が根強く存在する。現実にEC委員会など国際機関はもとより、大陸

に欧州本社を設置する日本企業も増えている。ロンドンが圧倒的に強い金融センターの

機能にしても徐々に大陸に移りつつあるようである。 


このあたりをどう見るべきか、今回の出張で、各国で、いろんな企業の、多数の人に、

その見解を聴いてみた。その結果、次のような整理を付けることが出来たように思う。

(なお、この整理はあくまでも実務・活動を行なう場所として考えたもので、税制面な

どの制度面から何処に会社を登記するのが有利かという点は考慮していない。)

まず、「中心」と言っても、どのような意味においての「中心」かという問題がある。

これ次第で話が変わってくるので、センターの性格を列挙してみる。即ち:1)政治の

中心地、2)行政の中心地、3)産業の中心地、4)金融の中心地、5)情報が集まる

中心地、6)文化の中心地、8)人的資源の中心地、等などが考えられる。次に、現実

にそれぞれの機能毎に欧州内部のどの場所がセンターであるのかを考えてみる。 


1)まず、政治・行政の中心地:これは文句なくEC委員会がある「ブラッセル」であ

ろう。欧州企業もブラッセル重視の戦略を立てるところが増えている(ドイツ機械輸出

連盟など)。法律事務所も大挙してロンドンからブラッセルに移ってきている(住銀ブ

ラッセルの話し)。 


2)次に、政治は政治でもポリティックスという観点で考えてみると、これは理屈では

ブラッセルかも知れないが、現実には「各国政府」であるように思える。欧州はどのよ

うな力関係にあるかを素直に考えれば、ポリティックスの中心はやはり、英国と、フラ

ンスとドイツの三箇国であろう。さすれば「ロンドン」、「パリ」、「ボン」(ベルリ

ン)と言うことになる。 


3)産業の中心地ということになると、各国にそれぞれ産業は存在するが、一番有力な

産業センターは「デュセルドルフ」などのドイツの都市であろう(若干分散している嫌

いはあるが)。 


4)金融の中心地となると、フランクフルトへ金融機能が徐々に移りつつあるとか、先

物取引はすでにパリの取引額がロンドンを上回ったことなどが言われるが、当分は、ま

た見通し可能な範囲では将来的にも「ロンドン」が中心であることには、ほとんどの人

は異論がない。 


5)情報が集まる中心地となると、特に銀行関係者が口をそろえていっていることであ

るが、情報が発生する場所ではなく、情報が集まってくる場所として考えると「ロンド

ン」の地位が高いようだ。特に分析され、整理された情報と言うことになると、やはり

ジ・エコノミスト、チャタムハウス、フィナンシャル・タイムズなどの情報分析機能が

集中しているロンドンということになる。これはシティーという巨大な情報をお金で買

うバイヤーの存在が大きい。バイヤーがいるところに商品(この場合情報)が集まって

くる訳である。しかも、日本企業の場合、そのまま東京に発信できる英語の形で情報が

存在することが大きい(フランスにも結構、データー・文献情報が存在するが、言葉の

問題があり、そのまま東京に送れない)。もっともロンドンの情報はすでに整理されて

いることから、生の情報ということになるとやや問題があるとの意見もある。 


6)文化・人的資源:何処が文化の中心かとなると、これは価値観の問題でもあり、決

着はつきそうにない。そこで文化をつくるのは人間であることから、人口が多い都市は

文化も高いと大胆に仮定すると(人間が集まってくるというのは、それだけその都市に

求心力があるということであり、人口は意味のある指標である)、そうすると「ロンド

ン」と「パリ」になる。 


以上の得点を単純に合計する。ドイツは全部一つとして勘定しても、やはりロンドンの

得点数が高いことがわかる。(ロンドン:4点、パリ:2点、ドイツ:2点、ブラッセ

ル:1点) 


しかし、現実には、このような単純な、足し算ではなく、どの機能にどれだけの加重を

付けるかとの判断(どの機能を重視するかとの判断)が重要になってくることは言うま

でもない。産業が何処に集中しているかという点には(総合商社は産業で成り立ってい

る以上)、もっとウェイトを付ける必要が出てこよう。現時点の評価より、将来の方向

といった点にも考慮する必要がある。 


また、機能毎にセンターが異なる以上、平均点でどこが「欧州の中心」であるかといっ

た問題は、結局は回答が出ない問題であり、「欧州とは複数のセンターが存在する地域

である」と考えるべきであるのかも知れない。 


その意味で参考になる意見であるが、著名な未来学者アルビン・トフラー氏のコメント

がある。同氏は、ECの中央集権的官僚組織を批判して、「これは”煙突時代”の旧式

な発想であり、本来ならば中央集権的な官僚組織などではなくネットワーク型の組織を

つくるべきである」と述べている(日経新聞、1/20/92)。たしかに一つの「セ

ンター」をきめてそこから何から何まで「指令」を発するという発想は時代遅れとなり

つつあるのかも知れない。企業の経営に当たっても、複雑な個別の事情を勘案しながら、

フロントの主体性を発揮して行くためにも、柔軟な「ネットワーク型」の組織運営を前

提にした「本社」の在り方が望ましいとも考えられる。ネットワーク型組織と言えば、

その部は中枢部は「神経組織」である。神経組織と言えば、「情報」である。 


ネットワーク型企業経営における本社機能は、「情報」および「コーディネーション」

を媒介とした本社運営であり、その所在地に重要視される機能はやはりふんだんに存在

する「情報」であろう。情報が集まるのは何と言ってもロンドンであることは先に述べ

た。現状では、統括会社の本社の所在地はやはり現在の「ロンドン」が望ましいという

ことになる。ロンドン情報のバイアス性の問題であるが、基本的にすべての情報にはバ

イアス性の問題があるわけで、これは足でカバーする以外ない。